2006年2月12日 (日)

時計

時計をなくした。

たぶん道を歩いて落としたのだろう。ベルトのところが、馬鹿になっていたので、時々、あいたままなってしまい手首から、するっと抜けてしまったようだ。

外苑前の事務所で打ち合わせをした帰り、竹下通りを歩き、竹下口のホームで時計を見ようとしたら、なかったのだ。腕時計が。呆然とした。

ROLEXのダイヤ入り。父からもらった、贈り物だ。かれこれ、13年くらいになるだろうか。ずっと身に着けていた。この手の重みが明日から、ないなんて、気が抜けたよう。

拾った人は、絶対もらうよね。

ものには、意思がないから。私を探しには来てくれない。子どもをなくしたわけじゃない、お金で買えるものなんだから、まだいいじゃないと、自分に言い聞かせるには高額すぎる。慰めても、あきらめらきれない。時計は、もう私を必要としないのかな。

ずーと使っていた、ダンヒルのボールペンは私の手元から、まだ離れないというのに、いったいなんで、あの時計をなくしてしまったのだろう。

こういう運命だったのかしら。このブログを見た人、見つけたら教えてくれ~。

警察には届けを出しているので、Noも、保証書もあるから、拾った人は、届けてね。

藁をもすがりたい私より。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月13日 (日)

女たちは未来を拓けるるか?

11月6日、早稲田大学 大隈講堂にて、話題のあの女性議員たちと筑紫哲也氏が「生」大討論をするという情報が飛び込んできました。早速行って来ました。そこには、長打の列。おまけに入場制限まで出てしまうというすさまじさ。学生やシニア層が多く、その関心の高さには、びっくり。ふたを開けてみると、まさにブラウン管では見ることのできない、とても濃い生大討論会tikusiが繰り広げ られていたのです。

とても紳士的に切り込んでいた 筑紫さん。さすが見識が深い。学生の質疑応答にも、敏速に対応。2年前から、早稲田大学院で、学生にジャーナリズム論を教えていたとは知らなかった。

katayama片山さつきさん。東大ご卒業後、大蔵省に入省。女性初の主計局主計官だけあって、キャリアの違いを見せ付けられました。結婚していたなんて・・・。唯一不妊症で、子育ての実務経験がないという、女性にとって最大のテーマに関しては、共感がもてず、残念です。ライフスタイルの多様性については、まさに、そのとうりだと思います。

renhou蓮舫さん。以前TV東京の特番「自立なでしこが咲くとき」の収録のときスタジオで、お会いしましたね。そのとき女性の自立番組を応援してくれました。子育ての経験が、まさに、政治に生きているという感じ。すごく、勉強していて感心しました。子どもを産むのをためらう社会の選択肢、子どもを産んだ後の社会の働き方対するシステムの改善。同感することも多かったです。

satouyukari

佐藤ゆかりさん。アカウンティブアクションを起こし、日本人としての、国民的意識の改革は、必要です。

komiya

小宮山洋子さん。男女共同参画会議、子ども政策、女性も、男性も活き活きしよう。まさに、そのとうりです。さすが、アナウンサー3分きっちり、まるで、ストップウォチでも持っているかのように、まとめていました。

絵的に民主党と、自民党に分けて、真ん中が、筑紫さん。マスコミの思惑とは、裏腹に、お互いに手を組んで、足りないものを補うう女性のしたたかさに、未来は明るいと思いました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年8月 9日 (火)

INVITATIONカード

ford 一通のINVITATIONカードが届いた。フォードジャパンリミテッドによるNewフォーカスの発表会のINVITATIONでした。さっそく行ってきました。それはセルリアンタワーのB2ボールルームで行われ、さながらショーのような豪華なイベントでした。斬新なダンスあり、エキサイトした照明あり、金田中の和食は招待された皆様を十分満足させるものでありました。あの竹筒をカップにした茶豆のビシソワーズは忘れられない。金田中がNEWフォ-カスの発表のために、その価値と感性にあうオリジナルのメニューをBuffet Styleで用意していました。また、Guesut Speakerとして花岡浩司氏の華麗なるダンス(その日はフラメンコでした)を披露。(ハナオカダンスギャラリー主宰。ボールルームダンス界のカリスマとして活躍する一方、俳優や舞台での振り付け、ダンスシーンの企画やプロデユースまで幅広く手がけている。また、バックのデザインやインテリアコーディネート等、多方面でそのセンスを発揮している。)INVITATION。VIPの文字が意味する蜜のような響き。そこをついて、多くのビジネスが動き出すのであろう。まんまとはまってしまう。すかさず社長とマーケティングのワーナー氏と名刺を交換。営業部長のN氏にはほんと感謝!INVITATIONの甘いささやきに、つい酔いしれてしまう、わたしなのでした。     「Newフォーカス」は小まわりの効くちょっとおしゃれな外車という感じ。                  「 Newfフォーカス」の詳細はこちらwww.focustyle.jp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年7月13日 (水)

私の値段

DSCF0257わたしが、1行100万円を目指していたころ、1行100万円を実現していた人がいた。  糸井重里さんだ。その姿は、漫流コピー塾でよく見かけた。確か野球?の合宿で、廃校に泊まったときも見かけた。彼の数あるコピーの中で、「私の値段は結構高い、エンリカマッセイ」というやつがある。確か時計の広告だったと思う。

DSCF0258DSCF0256DSCF0260あの頃、こんな本をDSCF0259買いあさっては愛読していた。

DSCF0261

DSCF0263こんな人たちを目指して、こんな賞もいただい た。毎年、朝日広告賞、毎日広告賞なんていうのも、出展した。

感性の時代と呼ばれていたあの頃、私たちは若かった。学校を卒業しても青春だった。時代は移り変わり、マスからSPへ。イメージ広告から、商品広告に。アナログからデジタルに世の中は変わっていった。あるものは、企業に戻り、あるものは、制作会社を立ち上げ、あるものは、地元に戻りラーメン屋を開業した。そして父になり、母になり、私たちは散在して行った。

私の値段は、結構安い。バブルのときは、結構そこそこだった。けれど、バブルが終わってからは今ひとつだ。いったいいつになったら、希望価格になるのだろう。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年7月 8日 (金)

国連シンポジウム

                   kokurenn 7月7日、2005年「世界人口デー」特別シンポジウムが、日本プレスセンターにて開催されました。加藤シズエ賞授賞式も同時開催されました。って言うと、なんだかとんでもあさっての話のようで、自分には全然関係ないって感じに思うかも知れません。日本プレスセンターって、もしかしてよくニュースでアナウンサーのバックに映る建物じゃない?えっ、あの、加藤シズエのこと?そうです、紛れもなくそのものなのです。

sa-tyasuまず、サフェエ・チャー[国連人口基金(UNFPA)広報渉外局長]の挨拶から始まりました。 なんと流暢な英語・・・。(あたりまえでしょ、外人なんだから)                                        モントクレア州立大学(心理学・歴史学専攻)卒業、コロンビア大学大学院修士号・博士号取得後、国連児童基金(UNICEF)事業資金部上席事業資金担当官、上級計画官、国連開発計画(UNDP)上級アドバイザー、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA,、GAZA)渉外局長を歴任。2002年UNFPAジュネーブ事務局所長着任。2004年7月よりarimoriUNFPA本部(ニューヨーク)広報渉外局。・・・・・・・・・・・・・なんだかすごい肩書きが並んでる、すごい人なのだけは確かなようです。

それから有森裕子国連人口基金親善大使による、アフリカ報告がありました。(えっ、あのマラソンの有森裕子さんって親善大使だったの?)カンボジア、タイ、インド、そして、ケニア、タンザニアを訪問し、貧困、エイズ、地雷などで悩む人々を視察し、励ましていたのです。

その後、加藤シズエ授賞式が行われた。亡き母の変わりに娘の加藤タキさkatousizuesyouんも参加していた。すごい顔ぶれ。今年は、あの、富士見産婦人科病院被害者同盟の方々。1980年必要のない子宮や、卵巣の摘出手術を多くの女性が受けた事件は、あまりにも有名。裁判が不起訴となり、民 事裁判による有罪判決が、なんと24年後の昨年下されたことにもびっくり。医者の言うことが正しいと言う、裁判官の判断、日本の、男性社会、学歴社会を彷彿する事件だった。

パネルディスカッションでは、女性のエンパワーメント、katoutaki男女平等、などが議論として取り上げられていた。喧々諤々、竹信三恵子さんという朝日新聞経済部の記者の意見に目からうろこ。良くぞ言ってくれました。私の代弁者ではないかと思わず一声かけたくなっていまった。日本は、今、高度経済成長の付けがまわって来ている。男は外で、女は家に~、今、女性も外へ、学歴も高くなっている。父親が帰ってこない、子育てが楽しくない、少子化問題は実は、男の問題だったのだ。男性の自殺者も増えtakenobuている。性交回数は、日本は最低。性交相手の数は、日本が一番多い。今、男も女も幸せじゃない。男性も家事に参加できるような社会のシステムを手直しすることが少子化の解決につながる。(私もずっとそう思っていた)女性も子供がいても働きやすい社会のシステムに。極安のパートではなく。もう絶対お友達になりたい素敵な人。すかさず名刺交換をしてきた。

今月のメディアFのラッキーウーマンにしよう。

パネリストは、UNFPAの東京事務所長池上清子さん。国際ikegami基督教大学大学院で国際行政学修士号を取得後、国連難民高等弁務官事務所調査計画部長、同企画開発部長、国際家族計画連盟(IPPF)みんなすごい人なのね。池上さんは、以前TV東京の特番「自立なでしこが咲くとき」で、スタジオに来ていただいたことからこのメディアFにいろいろ情報を送ってくれている、これまた、素敵な女性の一人です。http://www.unfpa.or.jp/tokyo/raihosha/raihosha0407/raihosha0407.html

そして、ひょっこり南野法務大臣が登場。(どうしても藤子不二雄に出てくる漫画のお母さんと、重なってしまう・・・。)昨年同会で、一度お目_171にかかっていたので、さほどびっくりしなかったけれど、あの時は、安部官房長官もいたのよね。(一緒に携帯カメラで、2ショットとったの今でも大事にとってある)という面々で、今日のシンポジウムは終わったのだった。

非日常がぎっしりの1日でした。学生時代、なんでもっと国gakusei際的観点で物事を追求しなかったのか、何で、もっと本気で英語を勉強しなかったのか、質疑応答に学習院の大学2年生の女の子が、奮闘している姿を見て、そう思った。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2005年6月30日 (木)

ベアテの贈り物

beate1「ベアテの贈り物」を見に行ってきました。ベアテさんて本当にやさしそうなどこにでもいるような おばあちゃまという感じ。

beate2彼女がGHQ民生局の一員として日本国憲法の草案委員会の人権委員になり、第14条の人権と、第24条の男女平等という法案を作ったなんて、知りませんでした。

1945年に作られた法案「男女平等」って、そんな前からあったの?ありえないでしょ。あっても機能していなかったでしょ。実際私が会社に入ってから男女雇用均等法が適用されたのだもの。

出版社を受けて落ちた私は、広告代理店に何とかもぐりこんだ。今でこそ女性も活躍している職業だけど、当時は封建的、男性社会だった。

そういえば、女性は肩書きが「書記3級」から始まり、男性は「主事」から始まっていた。当時、結構箱入りだった私は何の疑問も感じずに新入社員として、愛想を振りまいていたのだ。入社半年もすると、いろいろ周りが見えてきて、私は、お茶組、雑用の傍ら原稿を書き続け、労働組合にも参加。夜は、宣伝会議コピーライター養成講座に通い、1行100万円を目指す女に代わっていたのだ。そして、社内での数々の矛盾、いやなオヤジ部長、局長、素敵な先輩、師、友達と出会った。

今思えば、就職浪人という言葉を知らずに仕事ができたのはラッキーだったと思う。本当に女性問題を痛感したのは、結婚して子供生んだころから。

あの時もっといろんな情報が身近にあたら・・・。だから女性に有利な情報が集約したサイト「メディアF」のようなものを作りたかった。

とはいえ今日、女性がここまで、発言権を得て、仕事に従事する姿を見ることができるのもベアテさんのような女性がいたから。

「ベアテの贈り物」は前から本当に見たくて、
これは、いつもメディアFに情報を送ってくれる、UNFPA国連人口基金のinformationで知りました。

なんと、最後のスタッフ・協力のところに、知っている方の名前が記載されていて、
びっくりしました。
国連人口基金の東京事務所長池上清子さんが、以前紹介してくれた、国連労働機関(ILO)の堀内光子さんでした。ジェンダー特別アドバイザーという肩書きでも仕事をされていて、メディアFのことで一度お伺いしたことがあるのです。
そして、あの緒方貞子さんの流暢な英語。
国連難民高等弁務官を10年務めていたわけがわかりました。
伊達に年を重ねていない。

なんだか、いろんなところで人がつながっているんだなとしみじみ実感。
やはりこの人脈、出会いを放っておくのはもったいないことだと、再確認しました。
そして、以前取材でお会いした100人あまりのミセスCEOの方たちも。
だから、メディアFもっとがんばらねば。

7月7日に行われる「世界人口デー」特別シンポジウムに加藤シズエ賞授賞式が同時開催されます。詳しくは、メディアF のinformationを見てね。http://mediaf.fc2web.com

人より少し多くの好奇心と、行動力があれば、実はあの中に自分もいるはず。
前向きに生きている女性を知ることで、みんなもちょっと、前を向けると思う。
夢というモチベーションでちょっと背中を押してあげれば、ほらね。
 

| | コメント (0) | トラックバック (2)