2007年1月 1日 (月)

三田祭

あれからずっと急がしくて数ヶ月ぶりの書き込みです。三田祭も無事に終わった。岡原ゼミの教室のぞきました。相変わらず面白かった。なんといってもオムコレには目が点になった。高齢化社会を楽しみながら迎えようとでも言わんばかりに、カラフルなオムツのコレクションが展示してあった。こんなにかわいいオムツがあったのね。コレは現在の福祉におけるantithese?正規の社会学の一環として捕らえていいのでしょうね。もちろん報告書としての論文もまとめてありました。自称、慶應の異端児としては、コレくらいのパフォーマンスは、当然のこと!?でしょう。後夜祭も盛り上がっていましたね。経済学部の金子教授が「壊せ」って吠えてました。(いいな、若いって)とおじさんたちが目を細めながら、うれしそうに叫んでいました。

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2006年7月23日 (日)

キャンパスノート2

あれからいくつかのレポートを提出。統計学の4つのうち3つはクリア。残りひとつ再提出になってしまった。ほか2教科のうち1教科クリア。難関の哲学が再提出となった。

その後、科目試験が行われた。結果はまだ出ていない。が厳しいものがある。

通勤の電車の中でかろうじて、参考文献を読む毎日。仕事から、帰ってから、勉強しようとしても、眠くなってしまう。なんとか経済原論をクリアしなければならない。

これから、サマースクーリングが始まる。暑い夏になりそうだ。

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2006年3月21日 (火)

キャンパスノート

思うところあってkeikou 学生になった。経済学部である。仕事しながらのこと、どうなることやら。副教材として、社会学マス・コミュ二ケーション論入門というものがある。前半は社会学の基礎知識に加え、ジェンダー、高齢化と福祉、環境社会学など、後半はジャーナリズムと現実社会の問題などについて平明に解説されている。なんと、仕事の延長上で使える、使える。一挙両得とは、まさにこのこと。とはいってもレポート課題および履修要領は極めて、重厚である。まあ、とりあえず青春がこの年で楽しめるなんて感無量!おまけに学割が使えるなんて、感激!でも、入学式に仕事が重なってしまい出席できない。オリエンテーションには駆けつけられる。仕事を取るか、プライベートをとるか、いうまでもない。もう少し迷ってから決めよ。なんにしても、卒業までかなり、前途多難な予感。とりあえず、学生がもう一度できるうれしさでそんなものは、どこかに吹っ飛んだ。

続きは、またキャンパスノートで、報告しま~す。

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2006年3月 1日 (水)

国際会議

_388 来る2月11日(土)

お茶の水女子大学(理学部3号館)にて国際会議が行われました。遅ればせながら、私も参加させていただきましたのでご報告まで。http://www.ocha.ac.jp/information/20051226.html

_379「人道支援における心のケアーカウンセリ ングと国際支援ー」とまあ、すごいタイトルなのですが。要は、アフガニスタンにおいての女性教育支援として、開発途上国(紛争地における女性の心のケアの支援」をテーマに行われた国際会議ということです。

_390これは、5女子大学コンソーシアム(津田塾大学・東京女子大学・奈良女子大学・日本女子大学・お茶の水女子大学)と、UNFPA(国連人口基金)東京事務所と、独立行政法人 国際協力機構(JICA)の後援で行われました。

シンポジウムで、パネリストとして、参加していた、ピースウ_381インズジャパン、海外事業部オフィサーの柴田、裕子さんには、メディアFのインタビューにも4月ころ掲載させていただく予定です。お楽しみに。http://mediaf.fc2web.com/

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2005年7月 9日 (土)

こんばんは

「こんばんは」という夜間中学のドキュメンタリー映画を見た。

監督は森 康行さん。夜間高校っていうのはあったと思ったけれど、夜間中学ってあまり耳にしない。不良とか、非行の子達が行ってるのかなと思いきや、そこにはさまざまな理由で義務教育が受けられなかった15歳から91歳の生徒たちがいた。そこには悲壮感はなく、みんな笑っていた。

舞台は、墨田区にある文化中学校。戦争後残った在日の人もいた。だから国籍もいろいろ、アフガンの青年二人のうち一人は、引き続き日本で定時制の高校に通い、もう一人のアバスは、アフガンに帰りたいという。でも内政が今帰れる状態じゃないということで、この夜間中学で何とかしようと試行錯誤しているようだ。

94歳のおじいちゃんは、卒業後また聴講生としてあと2年、ここに通うそうだ。不登校だったシンちゃんは、小学校5年から閉じこもり、お母さん以外の誰とも話そうとしなかった。いまでは本当によく喋るようになって、昼間の高校に通っている。

ただ、ひとつだけ、みんな口をそろえて言っていることが、学校に行くのが楽しいということ。このあたりまえの言葉がやけに印象的で、耳に残ってしまう自分に驚く。

夜間中学で、掛け算九九を習い、平和の文字と共に願う心を学び、漢字で貧乏と書けるようになったという。矛盾、必要悪、差別、権利、義務、責任の概念も学んだ。そして、親を恨んでも問題の解決にならないことを、親の後ろには社会の大きな流れがあることを学んだという。

そしてみんな救われた。親を否定することは悲しいこと、苦しいことだったから。

現在35校の夜間中学校に2880人の生徒が通っているそうだ。なんだか、久々に熱いものが頬を伝わり、胸と、耳が痛む映画だった。

http://konbanwa.web.infoseek.co.jp/

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